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障がいがあっても安心・安全・安楽な歯科治療を受けられるために

    
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障がいがあっても安心・安全・安楽な歯科治療を受けられるために

京都府京都市北区上加茂神山6 医療法人浜田会 洛北病院

洛北病院副理事長 浜田 尚香 先生

歯科麻酔の奥深さに魅了され、医科の麻酔研修も行う

 医療法人浜田会 洛北病院はその名のとおり京都市の北部にある療養型病院だ。開設は1952年というからすでに70年以上の歴史をもつ。2022年、同病院に「歯科」が新たな診療科として開設された。それを立ちあげたのは同病院副理事長で歯科医師の浜田尚香先生だ。 

 元々食べることが好きだった浜田先生は、食にまつわり、かつ手に職を付けられる仕事に将来就きたいと奥羽大学歯学部に進学。そこで専攻したのが歯科麻酔だった。「実は口腔外科と矯正歯科も候補でした。ずっと立って手術をするのは大変そうだと思って口腔外科を外し、ワイヤを曲げるのが苦手だったので矯正歯科も外しました。残ったのが歯科麻酔だったのです」と浜田先生は微笑みながら専攻選択の理由を明かす。 

 消去法で選んだ歯科麻酔ではあったが、いざ学び始めるとその奥深さにどんどんのめり込んでいった。大阪大学歯学部で臨床研修を行い、その後大学院に進み歯科麻酔についてさらに学びを深めていった。歯科だけでは飽き足らず、3年間医科で麻酔の研修を行った。 

「脳や肺などの周術期麻酔管理を経験でき、循環・呼吸管理の大切さを改めて知るなど、大変勉強になりました」 

 麻酔の技術を幅広く磨き、歯科麻酔認定医・専門医を取得した浜田先生は大阪急性期・総合医療センターに入職。ここで、浜田先生は歯科麻酔科医としての幅をさらに広げることとなる。 

受診までに何カ月も待つ障がい者歯科の状況に愕然

 大阪急性期・総合医療センターは救命救急医療や高度急性期医療を提供する医療機関だが、2007年に大阪府立身体障害者福祉センター附属病院と統合したのを機に、障がい者医療・リハビリテーション医療部門を設置した。同部門の障がい者歯科は、自閉スペクトラム症などの発達障がい、知的能力障がい、嘔吐反射の強い人など、一般の歯科医療機関では歯科治療が難しい重度の障がい者を対象としている。 

 浜田先生は入職して2年目に障害者歯科認定医を取得。障がいを持つ人たちに安心・安全・安楽に歯科診療を受けてもらうためにさまざまな工夫を行った。例えば、車でセンターの駐車場まで来たけれど、恐怖のためにそこから外へ出られない人がいた。浜田先生は車の中で麻酔薬を打ち、その患者さんをストレッチャーに乗せて診療室へ運ぶという方法を取った。また、麻酔中は胃の中に内容物がたまると嘔吐を起こしやすいため全身麻酔の前には食事制限が必要になるが、空腹になった患者さんが院内の自動販売機の前に立ち止まり動かなくなったことがある。そのときは車いすに座ってもらい、自動販売機の前で麻酔薬を打ったという。 

 さまざまなケースに臨機応変に対応しながら、浜田先生は全身麻酔を用いて障がい者歯科という引き出しをどんどん増やしていった。 

 そんな浜田先生が同センターに来て驚いたのが、障がい者歯科の予約が常に数カ月先まで埋まっていることだった。「大阪は他県に比べると全身麻酔ができる歯科麻酔科医が多いほうですが、それでも数カ月待ちの状態です。その間、患者さんは痛みを抱えて暮らさなければなりません。そうした状況をなんとかしたいという思いをずっと持ち続けていました」 

 その思いは次第に大きくなっていった。同センターに来て5年ほど経った2022年、浜田先生はお父さまが院長を務める洛北病院に歯科を立ちあげることを決意した。歯科麻酔科医の少ない京都は大阪以上に歯科治療をすぐに受けられず困っている障がい者が多いと考えたからだ。 

洛北病院で歯科を立ち上げ、入院患者の口腔ケアに取り組む

 療養型病院である洛北病院の入院患者の大半は在宅介護が困難になった高齢者や医学的管理が必要な慢性疾患をもつ高齢者だ。「中には脳卒中の後遺症や重度の認知症などで、歯科診療の協力を得にくい方がいます。また、ほとんどの方は全身疾患をお持ちです。そうした方への対応に、障がい者歯科や歯科麻酔の知識がとても役立っています」と話す浜田先生だが、立ち上げ当初は苦労もあったという。そもそも医科の医師たちは障がい者に全身麻酔を行うことをほとんど知らず、その必要性をなかなか理解してもらえなかった。 

「医科の場合、全身麻酔は手術時に行う一大イベント。それに対して、障がい者歯科では、診療のたびに行うことが珍しくありません。他の先生たちから『それって大丈夫なの?』と随分聞かれました」 

 浜田先生は医師たちに根気強く説明を繰り返すとともに、まず入院患者さんの口腔ケアへの取り組みを始めた。例えば、経管栄養の患者さんは口から物を食べないために唾液による自浄作用が低下して口腔内が汚れがちだ。「ライトで口の中を照らし、口腔内をしっかり観察できるようにして、潰瘍や磨き残しのあるところを看護師や介護士に伝えることから始めました」。こうした浜田先生の熱心な指導に看護師や介護士も応えてくれた。入院患者一人ひとりに丁寧なブラッシングをするなど口腔ケアに注力するようになったのだ。嬉しい結果が現れてきた。「これまで呼吸状態が悪くて反応のなかった人がゴホンとセキをしたり、『アーッ』と声を出したりするようになったのです。スタッフたちは大喜びでした」。 

 医科の医師たちも浜田先生の説明に耳を傾け、障がい者歯科や歯科麻酔に理解を示すようになった。 

全身麻酔ができる歯科外来をオープン

▲STリルクスに装着した固定具。全国に2つしかない特注のものだという。
▲固定具は楽に抑制が可能。患者さんの負担を軽減しつつ、安全を確保できる。

 浜田先生が洛北病院で歯科を立ち上げるに当たって、オサダのスマイリーNプラスとSTリルクスをそれぞれ2台導入した。ユニットに座れる患者さんにはスマイリーNプラスを、全身麻酔が必要な患者さんにはSTリルクスを使用している。 

 「STリルクスは、日本では数少ない障がい者用のユニットですし、実際に使用している先生が『使いやすくていいよ』とおっしゃっていたので、すぐに導入を決めました。手術台と同じようなフラットなシートなので全身麻酔をかけやすいし、麻酔後すぐに治療に入れる点も気に入っています」 

 浜田先生と志を同じにする歯科衛生士らとともに、2024年4月浜田先生は歯科外来をオープンさせた。もちろん、ここでは全身麻酔による障がい者歯科も行う。 

 「障がい者歯科や歯科麻酔という分野があることはあまり知られていません。そのため、歯科治療を受けることを諦めている障がい者は少なくないはずです。また、歯科治療への恐怖感が強くて受診できない人もいるでしょう。そうした方が歯科医療にアクセスできるように、さまざまな機会を利用して障がい者歯科や歯科麻酔の認知度を高めていきたい」と熱く語る。 

 また、浜田先生は障がい者歯科はチーム医療だと強調する。歯科麻酔科医が全身の状態を常に監視し、看護師がそれをフォロー、その間歯科医師は治療をし、歯科衛生士がその補助をする。「歯科医師の中にも障がい者歯科というと、体動が安定しない患者さんを無理矢理治療するというイメージを持っている人がいます。全身麻酔後の治療は一般の歯科治療と全く変わりありません。歯科麻酔科医だけでなく、障がい者歯科のチーム医療に参加する歯科医師が一人でも増えることを期待しています」。 

 浜田先生には忘れられない出来事がある。歯科麻酔科医として障がい者歯科に携わり始めた頃、ある患者さんから一通の手紙をもらった。そこにはこう書かれていた。「全く怖くなく歯の治療を受けられました。ありがとうございます」。 

 あのときの歯科麻酔科医としての喜びを胸に、これからも患者さんに寄り添い続ける。 

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