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事例を通して見えてくる多職種連携のヒント

    
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事例を通して見えてくる多職種連携のヒント

 要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい生活を最後まで続けることができる地域包括ケアシステムが各地で推進されているが、そこでキーとなるのが多職種連携だ。しかし、歯科医師から「どのように連携してよいのかわからない」という声がしばしば聞かれる。そこで、歯科医師、医師、歯科衛生士、管理栄養士の4職種が連携して在宅療養高齢者の食の改善に取り組んだ事例を紹介したい。4者がどのようなアクションを起こしたのか、そこから連携のヒントが見えてくる。

歯科衛生士が嚥下レベルと食形態の不一致に気づく

 大阪府歯科医師会では在宅歯科診療連携体制推進事業を展開しており、その核になるものとして各支部・各地区で在宅歯科ケアステーションを開設している。20年以上も前から訪問歯科診療システムを整備してきた同府豊中市歯科医師会でも、2016年より同市在宅歯科ケアステーションを開設し、歯科医院に通院困難な人を在宅で歯科治療・口腔管理を行う歯科医師を紹介している。この事業を担当しているのが同市歯科医師会理事を務めるわだ歯科医院院長の和田昌三先生だ。

 和田先生は、豊中市が進める医歯薬連携や、豊中市医師会が在宅医療・介護の連携促進のために立ち上げた「虹ねっと連絡会」にも当初より参加し、在宅療養者支援について学ぶとともに他職種の人たちといわゆる“顔の見える関係”をコツコツと築いてきた。

 今回の事例の当事者Aさん(95歳・男性・要介護5)の介護者で孫のBさんが同市在宅歯科ケアステーションにAさんの歯科診療を相談してきた。和田先生はAさん宅近くの歯科医師を紹介したが、やがて和田先生に直接、Bさんから往診の依頼が来るようになった。和田先生は同市在宅歯科ケアステーションに非常勤雇用されている歯科衛生士の小田見也子さんとAさん宅に訪問診療で伺うようになった。

 小田さんは、在宅療養者支援の経験が長く、管理栄養士との連携も行っていた。その経験から、たとえ口腔ケアによって口腔内環境がよくなったとしても、栄養や体力が不十分だと飲み込む力が低下して誤嚥性肺炎になりやすいことをよく知っていた。

 「介護者のBさんはとても丁寧に食事を作られていました。ただ、Aさんの嚥下レベルと食形態が合っていないようで、むせも見られました。和田先生に『管理栄養士さんに指導してもらい、体力がつけば誤嚥性肺炎のリスクも低下すると思います』と伝えました」。この小田さんの最初のアクションがその後の連携の扉を開けた。

 新たな訪問型サービスを提供する場合、通常ならばケアマネジャーを通してケアカンファランスが行われ、その後、サービス提供となるが、Bさんの強い希望があり、和田先生は直接、管理栄養士とコンタクトをとることにした。和田先生の頭の中には、このとき最適と思わせる管理栄養士の名前が浮かんでいた。同市歯科医師会でかつて、在宅歯科医療研究で有名な菊谷 武先生(日本歯科大学教授・口腔リハビリテーション多摩クリニック院長)を演者に招いて学術講演会を開催したことがあった。その二次会で知り合った水島美保さんだ。

最初はボランティアで訪問栄養指導を開始

 水島さんは機能強化型認定栄養ケア・ステーション在宅栄養もぐもぐ大阪の事業者で、訪問栄養指導歴約16年というベテラン管理栄養士だ。

 認定栄養ケア・ステーションは、日本栄養士会が管理栄養士や栄養士が常駐し、食事や栄養について相談にのる拠点として、2018年度から認定制度をスタートさせたもので、2021年4月1日現在、全国に356拠点ある(図1)。

(図1)栄養ケア・ステーションの仕組み

 和田先生は水島さんに、「“ボランティア”で訪問栄養指導をしてもらえないだろうか」と相談した。その要請に、水島さんは歯科医師に管理栄養士の仕事を知ってもらえる良い機会になると考え、すぐに快諾した。これにより、歯科医師と管理栄養士という新たな連携が生まれた。

 それにしても、なぜ和田先生は“ボランティアで”と言ったのだろうか。それには医療保険・介護保険の報酬制度が関係している。

 管理栄養士が行う訪問栄養食指導に対し、医療保険では「在宅患者訪問栄養食事指導料」、介護保険では「居宅療養管理指導料」として評価されるが、ともに医師が、特別食が必要と判断し、指示書を出すことが要件となっている。また、管理栄養士は医療保険の場合は医療機関に、介護保険の場合は居宅療養管理指導事業所に常勤または非常勤でなければならない。

 和田先生が水島さんに連絡をとったとき、医師の指示書はなかった。また、わだ歯科医院は居宅療養管理指導事業所ではなかった。そのため、“ボランティアで”と依頼するしかなかったのだ。

 ただしその後、2021年度介護報酬改定により、居宅療養管理指導事業所以外の医療機関、介護保険施設、日本栄養士会または都道府県栄養士会が設置・運営する認定栄養ケア・ステーションと連携して、これらに所属する管理栄養士が居宅療養管理指導を実施した場合、居宅療養管理指導Ⅱが新設された(図2)。なお、この場合も、医師の指示書は必要だ。

(図2)管理栄養士による居宅療養管理指導

歯科医師が医師にコンタクトをとる

 水島さんの訪問栄養食事指導が始まった。その際、口腔ケアを行う小田さんと、食事指導の様子を実際に見たいと和田先生も同行した。

 水島さんがまず行ったのが身体計測だ。フレイル(虚弱)の危険因子であるサルコペニア(筋力低下)のリスクを調べるためのふくらはぎや、BMI<体重(kg)÷身長(m)の2乗>の算出に必要な身長はすぐに計測できたが、問題は体重だった。

 和田先生は「自分がAさんを支えて体重計に載せます」と申し出たが、水島さんは「体重計に載せてAさんの支えを一瞬外してもらったタイミングで体重計のメモリを確認しても、デジタル体重計ではどうしてもエラーが出てしまいます」と説明した。和田先生はすぐにアナログのバネ式体重計を購入し持ってきた。

 水島さんは、Bさんから食事摂取状況やどんな食事を作っているかを聞いたり、台所を見たりしてアセスメントを行った。また、Bさんが食事作りで困っていることに対し、具体的にアドバイスをした。

■ 初回アセスメント

身体計測値:身長130cm、体重38kg、BMI※15.8、ふくらはぎ周囲長23cm

摂取栄養素等:摂取エネルギー量600kcal/日、摂取たんぱく質量20.5g/日、摂取塩分量3g/日

※18.5未満が「低体重(やせ)」、18.5以上25未満が「普通体重」、25以上が「肥満」と判定される(日本肥満学会)。

■ 栄養診断:摂食嚥下機能レベルと合っていない食形態のため摂取量不足となり、BMIが減少し、栄養失調に陥っている。

▲サルコペニアのリスクを調べるためにふくらはぎの周囲長を計測する水島さん

▲一人での立位が難しい高齢者の体重を測定するにはデジタル体重計は不向きだ。
和田先生はアナログのバネ式体重計を購入し持参した。

 管理栄養士による栄養食事指導を目の当たりした和田先生は、そのときの印象を「とろみの作り方などもBさんに説明されていて、管理栄養士のプロの仕事ぶりにいたく感心しました」と話す。今後もボランティアで続けてもらうのはあまりにも気の毒と思った和田先生は、医師に相談することにした。偶然にも、Aさんの主治医が、市の医歯薬連携の会などでよく顔を合わせていたC先生であることがわかった。和田先生はC先生に連絡を取り事情を伝えると、C先生は「Aさんの栄養状態が前から気になっていた」と言い、水島さんを非常勤雇用し、指示書も出すことを決めた。歯科医師、歯科衛生士、管理栄養士の3職種の連携の輪に、医師が加わったのだ。

 一方、水島さんは次回以降の居宅療養管理指導に対しては、介護報酬を得られることになった。

口腔ケアと栄養食事指導をともに行う

 2回めは水島さん、小田さん、そして在宅療養者支援の勉強をしたいというわだ歯科医院の若い歯科衛生士の3人で訪問。小田さんたちがAさんの口腔ケアを行う間、水島さんはBさんと一緒にAさんの嚥下状態に合った食形態の食事を作ったり、適正なとろみ剤の使い方を指導したりした。

 3回めも、2回めと同じメンバーで訪問。水島さんはBさんの介護疲れを軽減するために市販のソフト食の利用を勧めるとともに、Bさんがミキサー粥を拒否するため、粒のある全粥ゼリーを提案した。また、小田さんたちが食介助して、Bさんが作った嚥下食をAさんに食べてもらった。

 こうした食事指導により、BさんはAさんの嚥下機能に合った嚥下食を作れるようになり、Aさんはむせることなく、食を楽しむようになった。

▲トロミ調整食品を用いてAさんの嚥下機能に合わせたとろみのつけ方を指導

歯科医師は多職種の場に積極的に参加してほしい

 今回、連携がトントン拍子で進んだのは、和田先生たちが在宅療養者支援の重要性を理解し、日ごろから他職種と交わる機会を多くもっていたことが大きかったといえるだろう。しかし、こうした人たちばかりではないのも事実である。

 和田先生は「在宅介護では、医師が訪問看護師や介護支援員(介護ヘルパー)、管理栄養士などにそれぞれのケアを頼むのが当たり前になっています。それに対して、歯科医師が在宅に入る場合、訪問看護師のような独立した事業所がないので、自院の歯科衛生士と連携するぐらい。つまり、歯科は自院内で完結するので院外の職種と連携する機会を持ちにくい」と話す。

 さらに、訪問歯科診療への取り組みに躊躇する歯科医師が多いことに対し、和田先生は次のように語る。「歯科医師は切って治す外科医に基本的に似ています。治すことで医療者としての達成感を味わうことが体にしみ込んでいます。一方、訪問歯科診療では、治療をして一時的に口から食べられるようになっても、時の経過とともにどうしても口から食べる力が衰えてきます。多くの歯科医師はそれが辛いのです。訪問歯科診療での目標は、ご本人がわずかでもいいから好きなものを食べて満足される、それを見た介護者が喜ばれることだと思えることが大切です」。

 小田さんも「今回の介入で、Aさんの食の楽しみが戻りました。それで自分たちの役目は十分に果たせたのです」と言う。

 最後に、皆さんに一言ずついただいた。

 「歯科医師は多職種が集まる場にどんどん参加してほしい。参加し続けていれば、何か気づくことがあります」(和田先生)

 「本人やご家族と信頼関係を築き、『あなたに口腔の管理をしてもらいたい』と言われる歯科衛生士になってほしい」(小田さん)

 「歯科医院はフレイルの抽出に最適です。受診するたびに患者さんに身長や体重の計測をしてもらったり、食事量や食事回数が減っていないかを聞いたりすることで、フレイルの早期発見ができやすくなります。まずは歯科クリニックに身長計や体重計を設置してください」(水島さん)

 なお、訪問栄養指導を頼みたいときは、日本栄養士会や都道府県栄養士会栄養ケア・ステーションに問い合わせると、近隣の管理栄養士にアクセスできる。

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