「困っている人を助けたい」を原動力に「自腹」で始めた訪問歯科
訪問歯科に30年以上携わってきた経験から考える、高齢者歯科の現在と未来。
鹿島隆正先生が訪問歯科を始めたのは1990年代前半。訪問歯科はほとんど行われていなかった時代だが、鹿島先生の周囲には歯科医療が必要なものの要介護状態で外出できない高齢者がいたという。診てほしいという要望はあったが、当時の鹿島先生は勤務医。介護保険制度はまだ導入されておらず、勤務先では訪問歯科を行っていなかった。そこで鹿島先生が取った選択は、個人のボランティアとして訪問歯科を始めること。ポータブルユニットも自費で購入し、勤務先の休診日などを利用して高齢者宅を回ったという。
開業後も外来の合間を縫って不定期で訪問歯科を続け、2025年には毎週訪問に出られる体制を整えた。なぜ、時代に先駆けて訪問歯科を行ってきたのだろうか。その背景や今後について、お話をうかがった。

根底にあるのは、「困っている人を助けたい」
鹿島先生の父は歯科技工士だったため、小学生時代から義歯の製作を手伝っていたという。高校時代に歯科医師を志して鶴見大学に進学し、卒業後は同大学病院に入局。その後、他の病院の口腔外科で勤務を始めた。
当時は1990年代前半。
介護保険制度すらなかったこの時代に、鹿島先生は訪問歯科を始めた。勤務医だったため、休日などを利用した個人のボランティアとして。始めたきっかけを尋ねると「歯科に行けずに困っている人がいたから」と、非常にシンプルな回答が返ってきた。
院長となった今でも、根底にあるのは「困っている人を助けたい」気持ちだ。地域性を考え、あえて分野に特化せずに保険診療を中心にオールラウンドに診察し、なるべく早く治療を終わらせメンテナンスに移行している。
急患もなるべく断らず、最新の知見や機器をいち早く導入するなど、常に患者第一だ。
実は開業のきっかけも、モットーとする「困っている人を助けたい」の実践に限界を感じたからだった。
当時勤務をしていた病院が、効率や数値を現場に求めるようになったのだ。
「患者さんを救う最適な治療と病院の方針が矛盾することがあり、悩むことが増えました」
最終的に退職を選び、1993年にかしま歯科医院を開業した。すると、直後から病院で担当していた患者が300人以上も押し寄せ、3ヶ月先まで予約が埋まったという。
鹿島先生が患者から信頼されていたのが、容易に想像できるのではないだろうか。外来が多忙なため、訪問歯科にはなかなか出ることができなかった。患者からの希望があっても対応できるのが1ヶ月以上先になったりと、歯がゆさを感じていたという。
しかし数年前、病院で勤務していた娘が入職したことを機に状況が変わる。スタッフも増員して外来を任せられる環境を整え、2025年から定期的に訪問歯科に出られるようになったのだ。
>歯科医師としての矜持を忘れない
・「困っている人を助けたい」を真ん中に置いて、行動を決めた
・歯科以外の知見も取り入れ、口腔機能の維持・向上を実現

訪問歯科に出る頻度は週に1~2回。鹿島先生、歯科衛生士、歯科助手の3名体制だ。ポータブルユニットの組み立てやライトの保持などを歯科衛生士と歯科助手に任せ、鹿島先生は患者対応に専念する。
診療内容は、虫歯の治療や義歯の調整・製作などに留まらない。口腔ケアや摂食嚥下の訓練、さらに体のリハビリも取り入れているのが特徴だ。
あいうべ体操などの口腔の訓練に加え、起立着席運動(椅子に座った状態から立ち上がる・座る、を繰り返す運動)や、座位の維持など、体の訓練も指導している。
「口腔とその周辺だけを鍛えても効果は限定的です。上半身だけ筋骨隆々な人がいないのと同じで、全身を動かして初めて口腔ケアが活きてくると考えています」
鹿島先生のリハビリは、着実に変化をもたらしている。ある患者は「前と同じように友達と話せるようになった」と嬉しそうに鹿島先生に報告をしたという。
以前は中咽頭の癌の化学療法と放射線治療の影響で舌圧が弱まり、聞き取れないほど呂律が回っていなかった。鹿島先生も電話で話を聞くのに苦労したそうだが、今では普通にやり取りができるまでに回復した。
また、胃ろうと経口摂取を併用していた別の患者は、すべての食事を口から摂れるようになった。
補助具や介助者がいないと一人でベッドから立ち上がったり、歩いたり出来なかった方が、起立着席運動をやり始めて記録が向上し、一人でベッドから立ち上がったり単独歩行ができるようになったりした例もある。
会話や食事を楽しめるようになれば、QOLが大幅に上昇するのは間違いない。鹿島先生の訪問歯科は歯の治療をするだけでなく、人生そのものを支えているといえるだろう。訪問歯科に必要な知識や情報は、摂食嚥下の学会や医科向けのリハビリの書籍など多方面から仕入れている。
困っている人を助けるため、歯科にとどまらずに知見を集めているのだ。
>歯科医師以外の手や知見を借りる
・歯科衛生士や歯科助手と一緒に訪問し、効率を上げる
・口腔だけでなく、全身のリハビリを組み合わせる
・歯科以外の手法も取り入れる
人生100年を前提にした歯科医療を提供する

2025年に訪問歯科を再開するタイミングで、ポータブルユニットをOSADAのデイジー2(オサダポータブルユニットデイジー2)に買い替えた。
「長年OSADA製の機器を使用しており、操作に馴染みがあったことや、訪問診療に求められる機能を考慮し、デイジー2を導入しました。デイジー2 は、診療室と同様の処置をサポートする吸引性能を追求しており、単体で虫歯治療やスケーリングを円滑に行うことが可能です」
訪問歯科に30年以上携わってきた経験を持つ鹿島先生は、訪問歯科を行う歯科医院が増えてほしいと願っている。ただし、「最初は無理のない範囲で」とアドバイスをくれた。
「たとえば抜歯後に血が止まらなくなったときに備えて24時間体制の訪問看護ステーションと連携しておくなど、訪問歯科ならではの対応が必要になってきます。すべてにおいて外来と同レベルを目指さず、できる範囲から始めればいいのではないでしょうか。私も、訪問歯科では根管治療はしていません」
さらに鹿島先生は、「訪問歯科が必要にならないように、外来で予防することも大切」と話す。
「歯科医師が舌圧の弱まりやむせを早期発見して訓練を指導すれば、機能低下を防げるかもしれません。そのためにも、定期的に来院してもらうことが大切です。当院では3ヶ月に1回のペースでメンテナンスのお知らせの葉書を出して、状態を確認できるようにしています」
かしま歯科医院のある千葉県銚子市は、高齢化が進んでいる。1980年には100歳以上の市民はわずか1人だったが、2020年には34人、2024年には49人にまで増加した。
鹿島先生はこの状況を踏まえ、患者が100歳まで生きることを想定して日々の診療にあたっているという。
地方創生に関心の高い鹿島先生は、元気で健康な人が増えれば地方も活性化すると考えている。患者個人のみならず、地域全体を見据えて診療をしているのだ。
高齢化のピークは2040年頃といわれている。
それに備えて、歯科医院ができることは多岐に渡りそうだ。

>高齢社会にて、開業医の果たす役割は大きい
・訪問歯科は無理をしない範囲から始める
・外来では、介護予防の視点を持って高齢者の診察にあたる
参考文献:
①(PDF資料)千葉県.(2024年)
「100歳以上高齢者の状況(令和6年)」.
https://www.pref.chiba.lg.jp/koufuku/press/2024/documents/r6-100saiijou.pdf
(閲覧日:2026年3月19日)
②(ウェブサイト)かしま歯科クリニック.「公式サイト」
https://www.kashima-dc.com/
(閲覧日:2026年3月19日)
記事に出てくる商品情報:
販売名: オサダポータブルユニットデイジー2
一般的名称: 可搬式歯科用ユニット
認証番号: 227AHBZX00004000
クラス分類: 管理医療機器、特定保守管理医療機器
内容・商品に関するお問い合わせ先:
〒141-8517 東京都品川区西五反田5丁目17-5 長田電機工業株式会社