あなたは医療関係者ですか?

【第8回】歯科医院で取り組む「食支援」のススメ~今から始める口腔管理・摂食嚥下リハに必要な最新知見と実践例~

    
\ この記事を共有 /
【第8回】歯科医院で取り組む「食支援」のススメ~今から始める口腔管理・摂...

「摂食嚥下リハに関わり続けたい」

 こう口を揃えるのは若手の歯科医師、多田瑛先生と水谷早貴先生だ。2人とも朝日大学の谷口裕重教授のもとで学んでいる。

 多田先生はスウェーデンへの留学を控え、水谷先生は医院でも摂食嚥下リハの臨床経験を積んでおり、将来を期待されている人材だ。

 摂食嚥下リハの道を選んだきっかけや目指す方向について、この2人に話をうかがった。若手ならではの真っすぐな想いやひたむきさは、歯科医療の在り方を考える一助となるはずだ。

摂食嚥下リハで目の当たりにした“歯科の底力”

 今でこそ「摂食嚥下リハに関わり続けたい」と口をそろえる2人だが、学生時代からこの道を目指していたわけではない。2人の共通点は、摂食嚥下リハの学びを通じて“歯科の底力”に気づいたことだ。

 多田先生はこう振り返る。

 「朝日大学の谷口先生の元で研修をしたとき、経管栄養の高齢患者さんを診る機会がありました。研修終了から1~2ヶ月後に再び訪れたとき、その患者さんが三食を経口摂取しているのを見て衝撃を受けたんです。こんなに回復するのかと。摂食嚥下リハの意義を目の当たりにし、谷口先生の元で学ぶことにしました」

 水谷先生も同じく谷口先生の元で研修を行い「歯科医師はここまでできる」と感銘を受けたのが原点になっている。

 「評価をして適切な訓練を行い、食べられる状態まで回復した患者さんを退院まで見届ける一連の経験をして、歯科医療には想像以上に可能性があることに気づきました。それまでは歯の治療や外科的な処置に目が行っていたんです。飲む・食べるという、命の根幹にかかわる部分に深く関わっていこうと決め、今も摂食嚥下リハを続けています」

正のスパイラルを生み、生きる力を引き出す

 摂食嚥下リハは、機能回復だけでなく患者や家族の精神にもプラスに作用する。人に喜ばれ感謝されることが、2人の原動力になっている。

 山家 良輔先生の下で勤務もしている水谷先生に、印象に残っているエピソードを話してもらった。

「ある外来患者さんはムセや食べにくさを訴えていたので、口腔機能低下症の検査をしてご自宅でできる機能訓練を提案しました。ご家族の協力もあって熱心に取り組んでくださり、ムセが減ってきた、声が出やすくなって家族との会話が増えた、などの報告を聞くのが本当にうれしかったです。今では外食ができるほど回復して、この前はお寿司を食べに行ったそうです」

 この患者さんは、最初はミキサー食だったという。訓練を通じて食べられるものが増えてモチベーションが上がり、さらに熱心に訓練を行うことで難易度の高い食形態のものも食べられるようになり、QOLが上がっていくのだ。

 多田先生も同様に「摂食嚥下リハは、正のスパイラルを生み出します」と実感を込めて話す。最初はゼリー食などリスクの低いものから始め、様子を見て家族と同じ食事を細かく刻み1口や2口食べ、とろみ水で流す。

 食べる量は少なくても気持ちが前向きになり、訓練に熱心になることも多いという。

 「食べる意欲が出ると身体全体にも活気が出て、足が動くようになった方もいます。摂食嚥下リハは、全身のリハビリにもつながるのではないでしょうか」

▲嚥下状態の確認の様子。

 再び食べられるようにサポートすることで、本人だけでなく家族も喜んでくれる。摂食嚥下リハには、生きる力を引き出し、人とのつながりを強める力があるのかもしれない。

 しかし残念ながら全員が機能を取り戻せるわけではなく、食べられなくなり最期を迎える人も当然いる。

 実際に多田先生は、余命数日と宣告された患者を担当したことがある。このとき多田先生が行ったのが、口腔ケア。乾燥した粘膜を清拭して舌苔を除去し、不快感をなくして見送ったという。

 看取りやエンゼルケアに関われるのも、摂食嚥下リハを行う歯科医師ならではではないだろうか。

開業医と専門機関が連携すれば、多くの患者が救われる

 この2人が適切に評価と訓練を行うことで、多くの患者が救われてきた。しかし、摂食嚥下リハが全国的に普及しているとは言い難い。

 多田先生は、摂食嚥下リハの均てん化を強く望んでいる。現状、摂食嚥下リハの取り組みは東京に集中しており、2人が在住している中部地方やその他の地方では手薄だ。多田先生は月に数回、岐阜から京都や兵庫などの関西地方へ新幹線に乗って往診に行っている。もともとは東京の先生が行っていたものを引き継いだのだ。

 多田先生は「どう実現させるかはまだ課題ですが」と前置きしたうえで、「開業医など患者さんの身近なところでスクリーニングをして、リハビリを行ったり専門機関につなげたりする仕組みが必要だと考えています。社会の高齢化はますます進みますから、摂食嚥下リハのニーズがさらに高まるのは間違いありません。同世代や若い世代に、摂食嚥下リハの大切さを伝えていきたいです」と話す。

 実際に多田先生は、不可逆なほど症状が進んでしまった患者を何人も診て「もっと早く介入できれば……」と悔しい思いをしてきた。現状に対する課題感が、人一倍強い。

▲舌圧などの口腔機能検査の様子。

 一方、水谷先生は勤務している医院でスクリーニングやリハビリを行い、必要に応じて専門機関とも連携をしており、理想的な取り組みをしているといえるかもしれない。しかし水谷先生は、社会のニーズには充分応えられていないと感じている。摂食嚥下リハに取り組む開業医の数が圧倒的に足りていないのだ。

 「食べにくさや飲みこみにくさを感じても、大きな病院には相談しにくいと思います。でも地域の開業医なら気軽に行けますから、そこでリハビリをしたり専門機関につなげたりできれば、多くの患者さんを救えるのではないでしょうか」

▲内視鏡検査(VE)の様子。

 社会的なシステムが整っているとは言い難いが、2人は目の前の患者を救いつつ、未来を見据えて学び続けている。

 スウェーデンに留学を目前に控えている多田先生は、「現地で学んだことと今までの研究内容を組み合わせてアプローチ方法を増やしたい」と意気込む。

 水谷先生は日々の業務の中で他職種との連携をさらに強めたいと考え、栄養や薬剤など幅広い分野の学びを深めている。

 2人のような若手歯科医師が情熱と技術を充分に発揮できる仕組みを作れば、多くの高齢患者が救われるのは間違いない。社会の高齢化が進む中、医科歯科連携のみならず、歯科内での連携も避けては通れないのではないだろうか。

Copyright©ZOOM UP|OSADA(オサダ),2025All Rights Reserved.