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【第7回】歯科医院で取り組む「食支援」のススメ~今から始める口腔管理・摂食嚥下リハに必要な最新知見と実践例~

  
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【第7回】歯科医院で取り組む「食支援」のススメ~今から始める口腔管理・摂...

 やまが歯科・こども歯科では、開業当初の平成29年から訪問歯科を続けている。これからの時代に不可欠だと感じていた山家先生にとって、訪問歯科をやらないという選択肢はなかった。

 当初は先生が1人で往診していたものの、現在は歯科衛生士と2名あるいは3名体制にて行っている。医院の歯科衛生士は全員訪問歯科に行くことができるため、ローテーションを組んで実施をしている。

 口腔ケアステーションの依頼を受けて遠方へ訪問したり、訪問先の病院から「先生たちにやってもらうと全然違う」などと評価されたりと、周囲の信頼も厚い。

 今回は、摂食・嚥下リハを取り入れた理由や継続する原動力についてお話をうかがった。

やりたいことより必要とされることを選ぶ

 勤務医時代に訪問歯科を経験した山家先生は「これからますます需要が高まる」と確信し、勤務しながらケアマネージャーの資格を取得。開業と同時に訪問歯科も開始した。

 しかし医院名は「やまが歯科・こども歯科」で、内装も子供が喜びそうな雰囲気だ。高齢者の往診に注力しているようには見えない。

 「子育て中の友人たちから、子供をどこの歯科医院に連れて行ったらいいのかわからないと相談されることがよくあったんです。勤務医時代に小児患者を診る機会も多かったですし、安心してお子さんを連れて来られる医院にしようと決めました」。

 高齢者の訪問歯科と、外来の小児歯科。

 一見、まったく逆のように見えるが「社会から必要とされる医療を提供する」という山家先生の姿勢が表れているのではないだろうか。

▲やまが歯科の小児診療スペース。リラックスできるかわいらしい雰囲気だ。
▲訪問歯科診療の往診車。

 「性格的に宣伝が苦手」と広報活動はあまり行っていない山家先生だが、その誠実な姿勢は評判を呼び、外来のアポイントは連日いっぱいだ。

 訪問歯科の告知も院内に簡易的なポスターを貼る程度だったが、患者の中に介護タクシー会社の経営者がいてチラシを代わりに配ってくれ、少しずつ依頼が入ってくるようになったという。

 現在は先生と歯科衛生士の2名または先生と歯科衛生士2名の3名体制で、病院と高齢者施設を1箇所ずつ定期的に訪問している。

 歯科衛生士8名は、常勤・非常勤を問わず全員訪問に行く。そのスキルの高さは朝日大学の谷口教授のお墨付きだ。

 しかし特別な研修や定期的な勉強会を行っているわけではなく、訪問の現場で実践を通じて覚えていく。日々の外来の中で基本を身につけているからこそ、訪問ならではのスキルも早期に習得できるのだ。普段はどんな教育をしているのだろうか。

 「レントゲンやカルテを一緒に見て、注目すべきポイントなど説明しています。私が重視しているのは主訴の治療だけでなく、小さな変化を見逃さないこと。たとえば唾液の減少やうがいの時のむせなどです。早期に異変を察知できれば、適切な医療機関に繋げたり症状進行を緩めたりして、重症化を防げるかもしれません。私と同じ目線で患者さんの変化に気づけるように指導しています」

▲往診先での口腔ケア・義歯調整の様子。

 山家先生は「気づくこと」を重視している。ここには、研修医時代のある経験が関係していた。

 「私が24歳のとき、祖父が80歳で亡くなりました。現役で会社の経営をしていて車の運転もするほど元気だったのですが、食べにくさを訴えたり嘔吐したりすることが度々ありました。複数の病院で検査をしても異常は発見されずそのまま過ごしていたのですが、別の病院で再検査をしたらステージ4の食道がんだと宣告されて。そこから亡くなるまではあっという間でした。自分があと7年早く生まれて歯科医師になっていれば、違う結果だったかもしれない。そんな悔しさがあり、患者さんの異変に気づくことが医療従事者の役目だと思い、日々の診療にあたっています」

重症化する前に手を打てるようになりたい

 定期的に往診するようになってから、訪問先に少しずつ変化が起きているという。

 「医科の先生の薬のコントロールなどもあると思いますが」と前置きしたうえで、「寝たきりだった患者さんが歩けるようになったり受け答えができるようになったという報告をいただいています」と話してくれた。

 他にも、いつも介護抵抗が強い方が口腔ケアは気持ちよさそうに受けてくれる、口臭が減ったなどの声も、看護師や介護士から寄せられているという。

 山家先生は訪問歯科においては、他職種との信頼関係を構築することが大切だと考えている。

 「ただでさえ現場は忙しいのに、いきなり歯科が介入したら面倒だと思われてしまうかもしれません。まずは摂食・嚥下リハの意義を理解してもらうようにしています。将来的には短時間でいいので講習会などを開催したいです。たとえば動揺した歯が誤嚥リスクを高めることを知っていれば、次回の訪問時に連携してもらうことができますが、知らないと『グラグラしている歯があるな』で終わってしまいます。小さなことに気づくか気づかないかで、患者さんの命に関わることが防げるかもしれません」

▲往診先での口腔ケアの様子。

 訪問歯科を必要としている患者はまだまだいる。しかし人手と時間の関係で、定期的に訪問するのは現在の2箇所で精いっぱいだという。

 「一度始めたからには、無責任にやめることはできない」と考え、責任を持てる範囲で最大限のことをしている。

 訪問歯科のニーズはあるのに、これ以上広げることは現状ではできない。

 このジレンマを少しでも解消するため、訪問が必要になる患者を減らすことを目指し始めた。外来の患者に口腔機能低下症の疑いがあれば検査を行い、早期に対策をするようにしている。

 「訪問先の患者さんは、すでに摂食・嚥下が困難になっている方が大半ですが、その前に手を打つのが理想です。口腔機能の低下を緩やかにできれば、最期まで好きなものを食べて幸せに過ごせるのではないでしょうか」

小さな輪が増えれば大きな輪になる

 摂食・嚥下リハに日々取り組む山家先生だが、孤軍奮闘していると感じることがあるという。

 摂食・嚥下の勉強会や講習会に歯科医師の姿は少なく、歯科医師の参加者は山家先生が一人ということもあった。

 「摂食・嚥下リハに対する国の体制が不十分だと感じることはあります。でも、困っている患者さんがたくさんいるのは紛れもない事実。嘆いていても始まらないので、まずは目の届く範囲の患者さんを救いたいです」

 一人の歯科医師が診られる範囲には限界があるが、その小さな輪が集まれば結果として大きな輪となり、たくさんの患者が救われることになる。

 山家先生は、小さな範囲で訪問歯科を始める歯科医師が増えることを願い、こんなアドバイスをしてくれた。

「地域の中で、摂食・嚥下リハに関わっている先生が一人はいるはずです。少しでも興味があれば、まずはその先生に相談することをおすすめします。そこから見学をさせてもらうなどして、自院でできそうかどうかを見極めてみてはいかがでしょうか」

 山家先生自身も先輩歯科医師のつてで大学病院に見学に行き、嚥下造影検査(VF)や嚥下内視鏡検査(VE)を見たことがきっかけで興味を持ち、本格的に勉強を始めた一人だ。

 もちろんすべての医院に訪問歯科や摂食・嚥下リハを行うリソースがあるわけではないが、超高齢化が進むこの日本で、高齢者歯科を避けて通ることはできない。

 山家先生は「VFやVEは、あくまで摂食・嚥下リハの一部です。外来の患者の異変に気づき摂食・嚥下リハが必要になる前に対応して口腔機能の維持を目指すなど、開業医の歯科医師ができることはあると思います」と話し、摂食・嚥下リハに関心を持つ歯科医師が増えることを願っている。

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