【第6回】歯科医院で取り組む「食支援」のススメ~今から始める口腔管理・摂食嚥下リハに必要な最新知見と実践例~
「かすもり・おしむら歯科・矯正歯科 口腔機能クリニック」は、その名の通り口腔機能を重視した診察を行っている。高齢患者の往診に注力しており、現在は外来7:訪問3の割合だが、「将来的には半々にしたいですが、この2つを明確に分けることが時代に合わなくなるかもしれません」と院長の押村先生は話す。従来の歯科医療では高齢社会のニーズを満たせないと考え言語聴覚士や管理栄養士を雇用し、歯科医療の新しい形を模索中だ。その取り組みについて、押村先生と言語聴覚士の安藤先生にお話をうかがった。
通院が難しい患者のために、人生の最後まで口の健康を支える社会を作りたい
押村先生が現状の歯科医療に疑問を持つようになったきっかけのひとつが、人気職業ランキングだ。歯科医師の順位は200番台。この結果を見て「社会からの通知表だと感じました。歯科は社会のニーズに応えられていないのかもしれないと。そこから、そもそも歯はなんのためにあるのかを改めて考え始めました」と振り返る。
考えた末、歯は食べて栄養を摂るためにあるという結論になった。そうなると、口腔以外にも嚥下や食事内容など、さまざまな領域の知見が必要になる。歯科だけでは不十分ではないかと考えるようになった。
高齢患者を診る機会が増えるにつれ、それは確信に変わっていく。 「現在の歯科では歯を残すことが重視されていますが、歯があるがゆえに誤嚥性肺炎のリスクが高まるケースを幾度となく見てきました。少し前までは寿命が短く歯さえあればある程度食べられていたものの、今は寿命が延びたため、歯があっても食べられない人が増えています。時代に合わせて歯科のあり方を変える必要があると感じるようになりました」
押村先生は、「歯科は、歯を残す責任を取るべきだ」と語気を強める。
歯科医師のアドバイスに従いケアをして残してきた歯が、命を脅かす存在になってしまう。こんな皮肉な状況を変えたいと思い、言語聴覚士や管理栄養士をスタッフとして迎え入れ、摂食・嚥下リハを行っている。
しかし先生も、かつては歯の治療にばかり目が行っていたという。食べづらさを訴える高齢患者には歯の治療や義歯の作製・調整で対応していた。
「今振り返ると、義歯が最適な方法ではなかったかもしれません。食べて栄養を摂るというゴールに対してアプローチは多数あるのに、私は歯にばかり注目していました」
こう感じていたのは押村先生だけではない。知り合いの内科医も同様の疑問を抱えていたという。食べられないと訴える高齢患者の入れ歯が、引き出しにしまわれているケースが非常に多かったのだ。
医科は高齢患者が食べられるようにしてほしいと歯科に要請しているのに、歯科は義歯を作製して終わりにしてしまう。
そして、その義歯が役目を果たせず問題が解決しない。
こんな現状を変えるため、この内科医が立ち上げたナーシングホーム「スマイルベースココカラ」に歯科のプロフェッショナルとして介入をスタートした。
押村先生と安藤先生はここを定期的に訪問し、摂食・嚥下リハを行っている。これまであきらめていたものが食べられるようになったり話しやすくなり会話を以前より楽しめるようになったりと、利用者に変化が見られるという。
歯科だけでは対応できない。他職種の知見を掛け合わせる必要がある
摂食・嚥下に困難があるとき、歯科以外ではどのようなアプローチをするのだろうか。言語聴覚士の安藤先生にお話をうかがった。
「食べられない・食べにくい原因を評価するところから始めます。人はまず目の前にあるものが食べ物だと認識して食欲が湧き、食べるという行為を理解します。そこから食具を使って口に運び咀嚼をして、舌の動きで咽頭に送り込み、嚥下反射が起きて喉が上下に動いて送りこみ、食道の入り口が開いて閉じるまでを摂食・嚥下と呼んでいます。この一連のプロセスの中でどこに食べにくさがあるのかを評価し、原因に対する解決策を考えて実行するのが、言語聴覚士の役目です」
歯科とは違うアプローチだからこそ、他職種の知見を取り入れて掛け算することが大事だと押村先生は考えている。食べて栄養を摂るというゴールは同じなのに、歯科の力だけで解決しようとしているところに問題があるというのだ。
さらに押村先生は訪問を続ける中で、医療の専門分野のボーダーがなくなりつつあると感じている。確かに訪問診療では、内科の医師が点眼薬を処方したり耳鼻科疾患を診るようなケースも珍しくない。
「歯科も同様に、外来と同じ感覚では訪問に対応できません。そもそも外来と訪問を明確に分けることが時代に合わなくなっていると思います」
安藤先生も、食形態についての連携が病院と在宅や施設との間で機能していないと感じることがあるという。
「入院時の状態が悪いときの食形態を自宅でも続けて口腔機能が衰えてしまったり、逆に難易度が高い食形態を続けて負担になってしまっている方がたくさんいらっしゃいます」
原因は、高齢患者の摂食・嚥下機能を評価する機会がないからだ。
摂食・嚥下リハは医療の中で空白地帯のようになっており、看護師や介護士、ときには家族が恐る恐る食事介助などを行っているのが現状だという。
押村先生たちはこうした現状を変えるべく病院や施設で勉強会を行い、最適な食形態や介助の方法を伝える活動もしている。
押村先生の取り組みは、いわゆる多職種連携だろう。しかし先生は、この言葉に違和感を覚えるという。
「歯を治すだけで摂食・嚥下の問題を解消できないなら、必然的に他の職種の助けが必要になります。それを実行に移したら、結果として現在の体制になりました。多職種連携という言葉が独り歩きしている気がしているので、何のために連携するのかを今一度意識したほうがいいのではと感じています」
歯科のゴールを変え、社会を変えたい
歯科医療は「社会に必要か・不要か」よりも「歯科医師がやりたいか・やりたくないか」を優先しても成り立つことに問題があると押村先生は考えている。
医科は救急外来や入院などの体制が整っており、誰でもどこかしらの医療機関にかかることができる。医師全員がやりたがっているわけではないが、社会に必要だからシステムとして確立されているのだ。
押村先生が目指すのは「歯科のゴールを変え、社会を変える」こと。
「現在の歯科は、歯を残すことをゴールにしています。でも先ほど申し上げたように、歯があっても食べられないどころか誤嚥性肺炎のリスクを高めることすらあります。とはいえ、なんとしても食べられるようにすることが正解とも限りません。人生の最期に好きなものを一口でもいいから口にして、人生を着地させるという選択肢もありだと思います。この辺りは難しく、自分の中でもまだ答えは出ていません」 数々の斬新な取り組みを行っている押村先生だが、やりたいことの100分の1もできていないという。ただ、自分が行っていることは必ず日本のためになり、未来のスタンダードになると確信している。
「歯を残すならば最期の一瞬まで携われる仕組みを作る必要があります。ここは、歯科として避けては通れない道ではないでしょうか。私がしていることは非常識だと思いますが、新しい常識は非常識の中からしか生まれません。どんなに批判されようと、日本の歯科を変えるために行動し続けていきます」