あなたは医療関係者ですか?

【第5回】歯科医院で取り組む「食支援」のススメ~今から始める口腔管理・摂食嚥下リハに必要な最新知見と実践例~

    
\ この記事を共有 /
【第5回】歯科医院で取り組む「食支援」のススメ~今から始める口腔管理・摂...

食のサポートと口腔内細菌による感染予防を柱に病院歯科・口腔外科がスタート

 「イーと言ってみてください」「咳払いできますか」「これをゴックンと飲み込んでみて」「送り込みは困難ですね」「今度は味がついているおかずを食べてみましょう」「咀嚼嚥下はできるけれど、喉に残りますね」……。

 一人の入院患者さんを囲んで歯科医師や歯科衛生士、言語聴覚士などが嚥下評価をする風景が日常的に見られるのは岐阜市の近石病院だ。

 同病院の病床数は125床(一般病床、回復期病床44床、地域包括ケア病床21床、療養病床21床)で、入院患者さんのほとんどを高齢者が占めている。また、回復期リハビリテーションに重点を置き、岐阜医療圏内の急性期病院から転院してくるケースも多い。

 同病院に嚥下に注力する歯科・口腔外科が開設されたのは2018年秋。その背景について同院理事で歯科医師の近石壮登先生は次のように話す。

 「私は歯学部を卒業後、藤田医科大学医学部歯科・口腔外科学講座に入局しました。そこで嚥下の診療に関わるようになったのですが、大学病院で嚥下状態が改善しても回復期病院に転院すると、口の中がおざなりになる患者さんが多いことに問題意識を持ちました」

 全国の一般病院数はおよそ7000施設。そのうち、歯科を標榜している病院は15%ほどしかない。近石先生が言うように入院中に口の中がおざなりになるのは致し方ないのかもしれない。だからといって手を打たなくてもよいということにはならない。同病院歯科・口腔外科では「チーム医療で“食べる”ことにとことん向き合う」をコンセプトに掲げ、主に食のサポートと口腔内細菌による感染予防の二つを柱に据えてスタートした。

退院後も嚥下外来や訪問歯科診療で改善した嚥下機能の維持を図る

 同病院歯科・口腔外科では、入院患者さん全員に初診時口腔内スクリーニングを実施し、義歯の有無や適合・不適合、口腔内乾燥やプラークの状態などを把握し、必要に応じて歯科治療を行う。もちろん日々の口腔ケアも欠かさない。同病院の特色として病棟ごとに専従の歯科衛生士がおり、多職種と歯科口腔外科の連携を円滑にする役割を担っている。

▲歯科衛生士による摂食嚥下リハビリテーションの様子。

 また、入院患者さんの食事場面を多職種で観察して問題のある患者さんをピックアップ。嚥下機能だけでなく、口腔・栄養・ADLなど総合的に評価する。その結果、要精密検査となった患者さんには嚥下内視鏡検査(VE)や嚥下造影検査(VF)を行う。これらの検査結果を基に、歯科医師や歯科衛生士、病棟連携看護師、言語聴覚士、管理栄養士で構成される嚥下サポートチームがカンファレンスを開き、患者さん一人ひとりに合ったリハビリテーション計画を立案する。それに従って、歯科衛生士と言語聴覚士を中心とした間接訓練・直接訓練であったり、管理栄養士による栄養管理、他にも姿勢調整や薬剤の調整など、多職種連携を活かしたリハビリテーションを行う。ちなみに、本記事冒頭で紹介したスタッフの会話はVEを用いて再評価を行っているときに交わされたものだ。

▲VFの様子。

 こうした取り組みで入院中に嚥下機能が改善したとしても、退院して在宅に戻ったあと放置すると元の状態に戻る可能性がある。在宅においても入院中に改善した嚥下機能を維持できるよう、嚥下外来や訪問歯科診療でフォローしている。このように入院時から退院後の在宅に至るまでシームレスに嚥下ケアに介入できるシステムが整えられているのが同病院歯科・口腔外科の特徴だ。

 近石先生は「私たちの歯科・口腔外科のもう一つの特徴は、多くの職種が嚥下に関わっていることです」と強調し、こう続ける。「多職種がそれぞれの専門的な視点で患者さんを診て、意見を言い合います。その中から、その患者さんにとって最適な嚥下改善策が見つかってきます」。

嚥下入院で経管栄養から経口摂取へ改善した事例も

 同病院歯科・口腔外科で一般歯科を受診していた患者さんの家族が加齢とともに飲み込みが悪くなったと相談し、嚥下外来でVF検査をすることになった事例がある。検査の結果、飲み込みの機能を低下させる副作用をもつ薬剤が原因と診断された。主治医に相談の上で薬剤を中止していただくことで、飲み込みの機能が改善したという。

▲VEの様子。

 同病院歯科・口腔外科では嚥下外来をもう一歩展開させて嚥下入院を始めた。嚥下を担当する森田 達先生はその目的を「嚥下機能をより正確に評価するには、VEやVFだけではなく、食事の様子を観察することや、多職種でそれぞれの専門分野の評価を行うことが重要です。これらを迅速に行えるのが入院のメリットです」と語る。

 入院して受ける人間ドックがあるが、その歯科バージョンといったイメージだろう。

 嚥下入院の利用者は徐々に増えていて、その一人がAさん(50代)だ。

 Aさんは脳血管障害で入院した他病院で経口摂取が困難と診断され、経管栄養となった。退院したAさんに対し、家族がもう一度口から食べさせたいと同病院の嚥下入院を勧めたのだ。

 検査を行った結果、条件さえ整えば口から食べることができることがわかった。入院4日目にはゼリー食を開始し、誤嚥性肺炎を発症していないか、栄養に不足がないか等を確認しながら、徐々に嚥下食レベルを上げていった。退院時にはなんと、普通食にほぼ近いものを食べられるまでにAさんの嚥下機能は改善した。

 「初めて来院されたとき、Aさんは口から食べることを諦めていました。検査結果を説明し、それが可能であることを伝えると、Aさんの表情はパッと明るくなりました。入院中、Aさんはとても頑張ってくれました」と森田先生は嬉しそうに話す。

カフェ兼地域密着型のコミュニティスペース「カムカムスワロー」に人々が集う

 同病院歯科・口腔外科の「チーム医療で“食べる”ことにとことん向き合う」コンセプトは新たなかたちとなって院外へと進展している。2022年12月近石病院に隣接してオープンしたカフェ兼地域密着型のコミュニティスペースの「カムカムスワロー(COME COME SWALLOW)」だ。

▲カムスワを任されているのは聴覚障害のある店長。お客さんはメニューを決めたら声をかける代わりにテーブルにある旗を振って知らせる工夫がなされている。

 近石先生がここをつくろうと思ったのは訪問歯科診療先での会話がきっかけだった。

 「78歳の男性患者さんで脳梗塞の後遺症でペースト食を食べられていました。私が好きなものを聞いたところ、『お寿司のマグロと助六が大好き。昔はよく寿司屋に行ったけれど、もう行けないから寂しい』とおっしゃったのです」

 外食は、単に家の外で食事をするだけではない。いつもとは違う食を味わったり、家族や友人たちとおしゃべりを楽しんだりする時間でもある。また、出かけることで気分転換や運動にもなる。近石先生は、「嚥下障害の人も一緒に外食できる環境があればいいのでは」と考えた。

 以前から、病院と地域の人々との距離を縮めたいとの思いを持っていた近石先生は、地域の人やまちづくりに関わっている人などに声をかけ、病院スタッフも加わってワークショップを開いた。どんな環境が求められているのか皆で話し合いを重ねて出てきて結論が「“食べる”を通じて、医療と地域をつなぐ場」だった。

 その場の名前「カムカムスワロー(以下、カムスワ)」の“カム”は嚥下にちなむ「噛む」と、地域の人々に気軽に来てほしいという「来る=COME」の2つの意味合いが込められている。嚥下の“嚥”の字は、口に燕(つばめ)と書く。つばめの英語はSWALLOWだが、この言葉には“飲み込む”という意味もあり、これもまた嚥下につながっている。

 カムスワは自在な空間だ。岐阜県はモーニングが盛んな土地柄であることから、カムスワでは、ドリンク1杯の料金でトーストやサラダなどがつくモーニングを提供している。また、見た目にもこだわったランチメニューも用意。その中には嚥下食に対応するメニューもある。嚥下食といわれなければ気づかないほど彩り豊かで、しかも美味。これなら嚥下障害の人も存分に食を楽しめる。

▲上:通常食 下:嚥下食 デイサービスの利用者がみんなでランチを食べにくることも。

 午後にはさまざまなイベントが用意されている。例えば、聴覚にトラブルを抱えるカムスワ店長による手話教室や、近石病院の歯科医師や作業療法士などによる介護予防教室は人気で、定期開催されている。

 カムスワの一角に認定栄養ケア・ステーションがあり、管理栄養士が常駐しているのも興味深い。医療機関に食や栄養に関する相談に行くのはハードルが高いが、ここなら気軽に話ができる。まさに、医療と地域をつなぐシンボルといえるだろう。

 「地域の方による演奏会やカムスワのシェアキッチンを利用して料理教室が開かれたり、近くの高校生がマルシェに使ったりするなど、想像以上に幅広く利用していただけています」と近石先生は笑顔を見せる。

▲聴覚障害のある店長が先生となって行う月2回の手話教室はいつも大人気。

 カムスワがオープンして1年半、この間に「2023年度グッドデザイン賞グッドデザイン・ベスト100」(2023年10月)や「病院広報アワード2024優秀賞」(2024年7月)に選出され、その名は今や全国区になりつつある。

 ここにきてカムスワの取り組みはさらなる広がりをみせている。「市内の2件のレストランが嚥下食の提供を始めました。また、北海道の畜産ベンチャーと一緒に誰もが食べやすいやわらかお肉を開発中です」。“嚥下+食”の可能性は尽きなさそうだ。

 最後に近石先生に、これから嚥下に取り組みたいと考えている歯科クリニックの先生方へのアドバイスをお願いした。

 「食べるを支えることは歯科医師だけではできません。チーム医療はもちろん、飲食店さんなど職種を越えて取り組むことが重要です。仲間となってくれる方は実は身近に多くいらっしゃいます。探すには、地域の催し物などに積極的に出て行くことをお勧めします。そこから思いもよらない出会いが生まれてきます。ぜひトライしてください」

▲歯科医師・歯科衛生士・看護師・言語聴覚士・管理栄養士からなる嚥下サポートチーム。
Copyright©ZOOM UP|OSADA(オサダ),2025All Rights Reserved.