【第3回】歯科医院で取り組む「食支援」のススメ~今から始める口腔管理・摂食嚥下リハに必要な最新知見と実践例~


Ⅰ. はじめに
2024年の日本では、高齢化が進み、超高齢社会が現実となっています。厚生労働省の予測によると、2070年までに総人口が9,000万人を下回り、高齢化率が39.0%に達すると見込まれています。
このような状況は、歯科医院や歯科クリニック(以下、地域歯科医院)の患者層にも大きな影響を与えるでしょう。地域の歯科医師・歯科衛生士は、地元の患者さんに寄り添い、長期にわたって口腔管理を行います。患者さんの変化や異常に最も早く気付けるのは、地域に根付いた歯科医療従事者です。
今回は、口腔管理と摂食嚥下リハの基礎知識を解説し、その重要性やメリット、さらには歯科医院での実践例についても紹介します。ぜひ、臨床において活用していただければ幸いです。

Ⅱ.口腔健康管理ってなに?
口腔健康管理は、口腔内の健康状態を維持し、口腔疾患や機能障害を予防・治療するための重要なアプローチです。
これは、歯科医療従事者がおこなう口腔機能管理や口腔衛生管理と、患者家族や施設スタッフなど歯科医療従事者以外でも実施が可能である口腔ケアに分類されます。口腔ケアは日々の口腔の衛生管理と、食事の準備が含まれます。(図1)

口腔内の健康は、全身の健康と密接に関連しており、摂食嚥下機能にも大きな影響を与えます。口腔健康管理が十分に行き届かないと、嚥下や発音に支障をきたす可能性があり、重篤な場合は誤嚥性肺炎などの疾患につながります。(図2)

口腔健康管理はすべての患者さんが対象となりますが、特に高齢者や摂食嚥下障害の患者さんは、口腔健康管理がより重要になります。
Ⅲ.摂食嚥下リハってなに?
摂食嚥下リハは、摂食嚥下機能の改善および機能維持を目指すための専門的ケアです。口腔内の機能や筋力の増強に焦点を当て、精緻な訓練や指導を行います。これにより、患者さんの食事摂取が円滑化され、栄養摂取量や生活の質が向上します。嚥下リハは、患者さん個々に合わせたプログラムを作成することが重要であり、そのためには十分なアセスメントとプランニング、ゴール設定が重要です。
嚥下リハは歯科医師や歯科衛生士だけでなく、リハビリテーション医療や栄養管理など、複数の専門分野との緊密な連携が不可欠です。医師、歯科医師、言語聴覚士、栄養士、摂食嚥下障害看護認定看護士などの専門家がチームを組み、総合的なケアを提供します。患者の状態や進行に応じて治療計画を調整し、最良の結果を追求します。さらに、患者や家族への教育やサポートも重要な要素として取り入れられます。
Ⅳ.摂食嚥下障害を発症・併発しやすい疾患とは?
摂食嚥下障害は多様な要因によって引き起こされます。運動や筋肉の機能に関連する疾患が原因となる運動性摂食嚥下障害と、口腔や嚥下器官の器質的な問題によって引き起こされる器質性摂食嚥下障害、心理的原因によって引き起こされる心因性嚥下障害があります。(図3)

1)運動性摂食嚥下障害
脳血管疾患、ALSやパーキンソン病などの神経筋神経変性疾患 など
2)器質性摂食嚥下障害
口蓋裂や口腔がん、食道疾患、先天性異常、歯周病や歯牙欠損による歯科的問題 など
3)心理性摂食嚥下障害
神経性無食欲症、認知症による拒食、うつ病 など
4)その他
高齢者による虚弱
また、外来で特に注意すべき患者さんの症状には以下のものがあります。
- 原因不明の発熱が続いている患者さん
- 食事量が不足している患者さん
- 低栄養やそのリスクがある患者さん
これらの症状が見られる患者さんは、細心の注意を払いながら経過を観察することが重要です。
Ⅴ.地域歯科医院での嚥下障害患者さんとの関わり方
摂食嚥下リハは、個々の患者さんのニーズや状態に合わせてカスタマイズされた治療計画のもとで行われます。一人ひとりに適した介入をするためには十分な評価や患者さん自身を熟知することが必要です。以下に、地域歯科医院でポイントとなる摂食嚥下リハの流れを説明します。(図4)

1)早期発見の重要性
地域歯科医院での定期健診や日常診療の中で、摂食嚥下障害の早期兆候を見逃さないことはとても重要です。患者さんの、診療中の咳や体重減少などの症状に注意を払い、必要に応じて評価を行います。
「あの患者さん、3ヶ月見ないうちに凄く痩せたなぁ」など、患者さんの異常を早期に発見することで、誤嚥性肺炎や更なる疾患を予防できます。この時点で、異常を感じたら、大学病院や摂食嚥下専門医に相談もしくは紹介をすることも効果的です。
2)嚥下スクリーニング検査
嚥下スクリーニング検査では、患者さんの嚥下機能の異常や障害を発見することができます。検査方法には、食べ物を使うものと使わないものがあります。まずは、簡単な評価ツールや質問紙を使って初期評価を行い、嚥下機能に問題があるかどうかを判断します。例えば、以下の点に注意します。
- 食事中の頻繁なむせ
- 食べ物を飲み込むのに時間がかかる
- 食事後の頻回な咳やガラガラした声への変化
- 体重減少や栄養不良の兆候
他にも、簡単にできる方法として、反復唾液嚥下テストや水飲み込みテストがあります。これらの検査で異常が見つかった場合には、さらに詳しい評価や検査が必要になります。
3)専門医への紹介と多職種連携
嚥下スクリーニング検査で異常が見つかった場合、地域歯科医院の歯科医師は専門医に紹介することが重要です。必要に応じて、言語聴覚士や大学病院などの専門家と連携し、包括的なケアを提供します。紹介先としては以下が考えられます。
- 大学病院・総合病院(歯科・口腔外科、耳鼻咽喉科、脳神経外科)
- 地域で開業されている摂食嚥下専門医
- 地域の医院やクリニックに所属する言語聴覚士、看護師
4)紹介後の連携とフォローアップ
摂食嚥下診療専門医への紹介後も、地域歯科医院では患者の経過を見守り、専門医と連携して継続的なケアを提供することが重要です。紹介先では患者さんの摂食嚥下障害の原因や程度、身体的状態、認知機能、個人の目標などに基づいて、個々の患者に適したリハビリプランやゴール設定が立案されます。(図4)

これには、リハビリテーションの短期目標および長期目標、介入方法、頻度、期間などが含まれます。一緒にそれらを共有し、紹介先での指導を継続しながらその中で必要に応じて、再度の評価やリハビリテーションの調整を行います。患者さんが専門医から紹介を受けた後、その指導内容をしっかりと継続することが重要です。
地域歯科医院でできる摂食嚥下リハとは?
摂食嚥下リハには、口腔内の筋力や運動の改善、嚥下動作の調整、嚥下反射の促進などが主な目的として挙げられますが、他にも食事摂取の安全性の向上や自立した食事摂取の促進などが含まれます。
嚥下リハにはプリンやゼリー、とろみ水など実際の食物を使用した直接訓練と、食物を使用しない間接訓練、それらを組み合わせた直接間接訓練があります。(図5)

地域歯科医院では、歯科医師と歯科衛生士が連携を取りリハビリを行うことが望ましいです。
- 間接訓練:嚥下体操、舌抵抗訓練、頭部挙上訓練(シャキア・エクササイズ)プッシング・プリング訓練 など
- 直接訓練:スライスゼリー丸呑み法、頭部回旋、Chin down、交互嚥下法 など
- 直接間接訓練:息こらえ嚥下、ハッフィング法、メンデルソン手技 など
5)地域歯科医院でのゴール設定
地域歯科医院でも、摂食嚥下障害の治療や管理において明確なゴール設定を行うことが重要です。
ゴール設定の重要性
歯科医院での治療や管理において、患者さんが安全に食事を摂れること、栄養状態の改善、生活の質の向上などの目標を設定することが必要です。
状態のモニタリング
定期的に患者さんの状態を確認します。食事が継続できているか、食事中にむせたり、飲み込みにくそうにしていないか、体重や栄養状態が改善しているかなどのポイントに注意します。
異常が見られた場合の対応
指示された食事を摂っているにもかかわらず、状態が悪化しているなど異常が見られた場合には、速やかに対応することが必要です。
患者さんと相談しながら現在の状態や感じている問題点を詳しく聞き取ります。異常が見られた場合は、速やかに専門医に再度相談し、必要な対策をとりましょう。
6)患者さんとのコミュニケーションの重要性
歯科の診療においては、普段から患者さんとのコミュニケーションを大切にし、状態や感じている問題を共有しながら治療や管理を行うことが重要です。
特に摂食嚥下障害の診療では、医療倫理観が非常に重要です。
例えば、患者さんが摂食嚥下障害を持っていても、食事の形態を変えたがらない場合や、トロミのついた飲み物を嫌がることがあります。このような場合、医療者側の視点で「食事はこうしなければならない!訓練は毎日しなければならない!」と押し付けないことが大切です。
患者さんとしっかりコミュニケーションを取りながら、最も安全で患者さんにとって受け入れやすい方法を一緒に見つけていきましょう。
Ⅶ.症例

患者さまの状態
74歳/男性/独居
当院へは14年前より来院しており、定期検診にて6ヶ月に一度受診をしている。欠損歯はなく、ADLは自立している。
既往歴
高血圧症、脳梗塞(20年前)
内服薬
ノルバスク錠2.5mg
現病歴
2021年X月、定期検診の際に来院されました。スケーリング中に頻回なむせを認め、一時的に中断しました。問診の結果、食事中や内服中にもむせが増えたとのことです。体重の減少については明確ではありませんが、むせが激しく食事が疲れてしまう場合は食事を中断しているとのことです。
スクリーニング
患者に嚥下障害のリスクや可能性について説明し、嚥下スクリーニング検査を行うことになりました。
- 改訂水飲みテスト:3点(湿性嗄声の後に遅れてむせを2回認めた)
- EAT-10:11点(特に、「液体を飲み込むことが難しいと感じるか」や「食べるときに咳が出るか」という質問について、3点で評価しています)
経過
患者に対し、現在の経過と今後予測される嚥下障害のリスクについて説明し、大学病院への紹介を行うことを伝えました。大学病院では、嚥下内視鏡検査(VE)と嚥下造影検査(VF)が行われました。
精密検査の結果
- VE:声帯や咽頭に器質的な異常は見られず、左右の麻痺もなく、ホワイトアウトもありませんでした。薄いとろみ水3mlを飲用した際に嚥下反射惹起遅延が認められ、軽度の誤嚥、咽頭残留がありました。米飯一口量を嚥下後に、咽頭全体に少量の残留が認められました。
- VF:薄いとろみ水3mlを飲用した際に嚥下反射惹起遅延が認められ、軽度の誤嚥、咽頭残留がありました。薄いとろみ水をコップで摂取した際には、中等度の誤嚥と喉頭侵入がありました。米飯一口量を嚥下後に、咽頭全体に少量の残留が認められましたが、中間とろみ水での摂取は可能でした。
評価
喉頭挙上がやや悪く、咽頭収縮も弱いと評価されました。嚥下反射のタイミングが遅れることがあり、それにより水分で誤嚥が認められました。
推奨された食形態
水分は中間のとろみを付与することが望ましいが、患者の拒否により薄いとろみをつけることとなりました。
一口量は多くなりすぎず、口に含んだ後、顎を引いた状態で嚥下をするよう指示がありました。
食事は柔らかめのものを選択し、特に肉類はしっかりと咀嚼し、飲み込みにくいと感じたら吐き出すことが説明されました。
固形物を摂取した後は水分を定期的に摂取し、咽頭に残ったものを流すよう指示がありました。
今後のリハプラン
患者は自立しているため、自宅でのリハビリテーションを継続し、定期的に当院および大学病院へ受診することとなりました。
リハビリでは、言語聴覚士より嚥下体操、シャキア訓練、嚥下の意識化について指示がありました。
当院での経過
患者は、3週間に一度、当院を受診しリハビリ方法の確認や、食事形態や食事摂取方法に関するフィードバックを行っています。
大学病院へは半年に一度の検診として受診し、当院から大学病院へ診療情報提供書を提出しています。
患者の経過は問題ありません。嚥下を意識することで、むせが稀に起こるものの、前回より減少しているとの報告がありました(EAT-10が8点まで減少)。
当院でのスケーリング時は、座位で行い、頻回な吸引や喀出により介入を行っています。今後、年齢が進むにつれて廃用などのリスクを考慮し、介入方法や頻度を再度検討する予定です。
Ⅷ.おわりに
口腔健康管理と摂食嚥下リハは、患者さんの生活を改善し、全身の健康を維持するために欠かせません。
歯科医療者がこれらの重要性を理解し、適切なケアを提供することで、患者さんのQOLを向上させることができます。特に地域歯科医院の歯科医師や歯科衛生士は、長期にわたって地元の患者さんの口腔管理を行うため、患者さんの変化や異常に最も早く気づくことができます。
この文章を通じて、先生方が摂食嚥下障害の兆候に気づき、多くの患者さんが健康に生活できるよう支援していただけると嬉しいです。
